足を早めたところで、見覚えのある少年を見つけた。
「あれ?」
少年はゆっくりとこちらを振り向く。

まるで私が来る事をずっと前から知っていたかのように、何の驚きも見せず、あどけなく微笑んだ。
「こんばんは」
「あ、こ、こんばんは」
やっぱり私は深々と頭を下げてしまう。
威圧感とは違うのだけれど、なぜか彼の前ではあらたまってしまうのだ。

「買い物帰り?」
「え……っと、はい」
「美咲の手料理か。食べられる人が羨ましいな」
「えっ、いやそんなことは……」
ふと、違和感に気付く。

あれ、今……

美咲 、って言った?
確か、彼の前で名乗った事はないはずなのに。

「僕が君の名前を知っているのが不思議?」
心を見透かしたように、彼はそう言ってちいさく首をかしげる。
「う、うん……。私、名乗った事なかったよね?」
努めて子供に接するような口調を取りつくろう。
気を緩めるとすぐに敬語になってしまうのだけれど、向こうがタメ口なのに、こっちが敬語というのはさすがにおかしい。

「そんなこと、簡単だよ」
「えっ!?」
「気に入った女の子の事を知りたいと思うのは当然でしょ?
 僕は君の事だったら、なんでも知ってるよ」
「……っ!?」

ちょ、ちょっと待って。
これって、いわゆるアレ?
ちょっとやばい人?

「あははは。心配しなくても大丈夫だよ。
 僕は君の後をつけたりも、こそこそ調べ回ったりもしてないから」
「え……」
「僕は君の事を知っている。運命ってやつさ」
「運命?」
繰り返した声は裏返っていた。

「そう。君と僕はいずれ出会う運命だった。
 今日ここで君が僕を見つけるのもね」
言葉を失う。
「その様子だと気付いてないね。
 僕が今、君を口説いてる事」
言った彼は、いたずらっ子の様に肩をすくめてみせる。
「ぶっ」
思わず吹きだしてしまった。
まさか、こんな少年に口説かれるとは想像もしない。

「怖がらなくても平気だよ。ほら、コレ」
言って、彼が差し出したのは、歯医者の診察券だった。
「え?」
「この前交差点で会う前に、君が落としていったから拾ってたんだ。
 声かけたときに返し忘れてて……ごめんね。
 でも、ここに名前が書いてあるでしょ」
確かに、券面には私の名前がしっかり書き込まれている。
「な、なんだ……びっくりした」

「で、君の帰り道で、コレを返すために待ってたってわけ」
「そっか……。わざわざありがとう」
「いいえ、どういたしまして。これくらい美咲のためならお安いご用だよ。
 美咲を待ち伏せする理由にもなったし」
また、この子はさらりと恥ずかしいセリフを……。
本当に、いったい何者なんだろう。
どうしても普通の小学生とは思えない。

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